2009年チーム結成☆日々進化ちゅうです!
若年性がんサバイバー&ケアギバーチーム OUTLETのブログ
自己紹介:ふみ(旧ハンドルネーム:楓)
2009年 06月 22日 (月) 11:00 | 編集
はじめまして OUTLETメンバーのふみ(旧ハンドルネーム:楓)です。

若年チームを作ろうよ~と言い出しておきながらemちゃんに頼りきりで、自己紹介も出遅れました

OUTLETにはさりげなく助けてくれる仲間がいて、OUTLETを温かく応援してくださる先輩方がいて、マイペースでのびのびと参加できる素敵なチームです。
新メンバー、いつでも大歓迎です


それでは自己紹介

ハンドルネーム:ふみ(旧ハンドルネーム:楓)

年齢:25歳

生息地:岐阜県

これまでの道のり:大変長くなるので省略しながら書きます↓↓


2003年
大学2年生の5月頃からGパンやスカートのウエストがきつくなってきて、間食を減らすなど気を付けてみたものの、7月頃から急激にお腹が出始めて、イカ飯みたいになってきた。
おかしいと思って夜でも開いている近所の内科を受診。おじいちゃん医師は顔色を変え、「今すぐN病院(大きな総合病院)の救急で診てもらいなさい」
その足でN病院の救急に行くが、若い医師が勝手に妊娠と誤診して帰される。
後日その病院の産婦人科を受診し、卵巣が腫れていると判明。

手術で左卵巣を摘出。

卵巣腫瘍は摘出して細胞を調べなければ良性か悪性か判りません。
この時点で私は悪性だということは想定してなくて、取れば終わりと思っていました。


病理診断の結果、未分化胚細胞腫瘍(悪性)と判明し、テレビドラマみたいながん告知を受ける。
抗がん剤治療(BEP)を6クール受ける。

5日間入院して抗がん剤の点滴を打ち、2週間+2日は病院の外で普通の生活をする、という3週間が1クールです。
嘔吐が猛烈にひどく、10分に1回くらいのペースで吐きました。
入院中と退院後数日は食事もまともにできませんでした。
とはいえ休学や留年をしたくなかったので、入院していない日は大学に通いました。
友達にも先生にもがんであることを隠していたので、ウィッグをかぶり、吐き気をこらえながら何食わぬ顔で授業を受けていた日もありました。
今思い出だすと自分でも感心します。



抗がん剤治療が終了し、無事に3年生に進級、やがて髪が生えてウィッグもいらなくなり、自称“普通の子”に戻る。
3年生の終わりには就職活動も開始し、がんだったことを過去の話にしようとしていた矢先・・・

2005年
左足の付け根(そけい部)にしこりを発見。

手術で摘出して病理診断の結果、未分化胚細胞腫瘍の細胞が出てきたため、再発と判定。
抗がん剤治療(BEP)を6クール受ける。

再発の発覚は、最初のがん告知よりもショックでした。
抗がん剤の副作用も最初のときよりひどくなり、これまでの人生で1番きつかったかもしれない体験でした。


抗がん剤治療が終了し、無事に大学を卒業し、就職したところで・・・

2006年
腫瘍マーカーが急上昇。
再再発が発覚し、右卵巣・子宮・虫垂・リンパ節などにもがんが広がっていたのでいろいろ摘出。

抗がん剤治療(EP)を3クール(Bはすでに使用限度量を超えていたため)、抗がん剤治療(P単剤)を1クール(途中でEも使用限度量を超えてしまったので)、放射線治療を40グレイ受ける。

  ↓
  ↓
それから2年半が経過した現在まで、ありがたいことに再発はありません。


こんな風に闘病体験を書くと、“壮絶な体験をしたすごい人”みたいに見えるかもしれませんが、
治療中でも、入院していないときは普通に学校に行き、自転車を乗り回し、飲み会に参加したり、恋をしたりしていました。

がんになったからといって毎日が真っ暗になってしまうわけではないし、がん治療中だからといって何もかもが制限されてしまうわけではないことを伝えたいです。


子宮も卵巣も無くて一生子供を産めないし、お腹には大きなキズがあるし、卵巣が無いために骨粗しょう症で骨は70代だし、後遺症により腎臓や膵臓の調子が悪くなりやすいし、20代の女子としては欠陥だらけです
今でも健康な友達と自分を比較して、悔しかったり悲しくなることもあります。

でも、こんな私を大切に思ってくれる家族がいて、こんな私を働かせてくださる職場があり、こんな私と仲良くしてくれる友達がいます。
“がん”をきっかけに出会えた素敵な人たちがいます。

「がんでも堂々と生きられる世の中に」なることをいつも願っているけれど、まずは自分が少し自信を持って堂々と生きてみようと思っています。

どうぞよろしくお願いします



RFL中部: “ちゅーちゃんの部屋” 紹介
2009年 06月 19日 (金) 15:50 | 編集
(本日の当番:em)


リレー・フォー・ライフ in 中部のマスコットキャラクターちゅーちゃんのブログができました


その名も、「ちゅーちゃんの部屋」

chu-chans room banner

リレー・フォー・ライフ in 中部HPのトップページからも入れます


ちゅーちゃんは、OUTLETメンバー&リレー・フォー・ライフ中部実行委員のふみ(旧ハンドルネーム:楓)ちゃんがデザインしたキャラクターなのです


昨年2008年、チーム(現在、がん患者サロン)がんと生(い)こまい!から、リレー・フォー・ライフ in 芦屋と横浜に参加しました。

その歳に、今年開催(当時は予定)のリレー・フォー・ライフ in 中部の宣伝を積極的に行いました

ちゅーちゃんはイベント参加準備中に、誕生したキャラクターなのです!!


“ちゅーちゃんの部屋”では、ちゅーちゃん目線でのリレー・フォー・ライフ in 中部が紹介されています。
(ちゅーちゃんの詳しい生態については、このブログで明らかされていきます!)


さてさて本日は、2008年のリレー・フォー・ライフ in 芦屋の紹介の途中ですが・・・
“ちゅーちゃんの部屋”開設のお祝いということで、昨年芦屋でのちゅーちゃんの活躍っぷりを紹介!



 ネームカード 

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ふみちゃんが、芦屋&横浜分全てを作成してくれました!

“がんと生こまい!”チームメンバーは、このネームカードを着けて参加しました。
このカードを、透明のネームホルダーに入れて首から下げました。

ちゅーちゃんが、名古屋城の金の鯱スタイルに変形しているのがポイント 



 ちゅーちゃんバッジ 

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お腹の“RFL中部 2009”の文字が、中部開催をPR
ネームカードと一緒に付けたり、帽子に付けたりしました。
軽量粘土で出来ています。



 ちゅーちゃん人形×2 

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紙で作ったちゅーちゃん人形たち。
尻尾まで作るのは難しかったため、胴まで



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すでにご紹介済みの写真ですが・・・
このように、持って使用したり



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折りたたみ傘を使って、空中でも活躍



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ステージでのトークイベントでも、さりげなーくハッキリと目立ったり

今後の記事でも紹介しますが、ふみちゃんおりちゃんがステージで体験や思いを伝えました



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以前の記事でも紹介しましたが・・・

「がんでも 堂々と生きられる 世の中に」

と、背中に書いたTシャツを着て参加した、ふみちゃん

そのTシャツの前はというと・・・



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ちゅーちゃんでした

右隣のおりちゃんのTシャツにも、ちゅーちゃん



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どーん



というわけで、ちゅーちゃんは2008年のリレーフォーライフ芦屋にデビューしたキャラクターであるというトリビアをご紹介させて頂きました


リレー・フォー・ライフ in 中部の進捗状況を知るのに、“ちゅーちゃんの部屋”をチェックすると楽しいですよ

また、リレー・フォー・ライフ in 中部実行委員会ブログは今月より、OUTLETメンバーで実行委員/広報のKくんが更新しています



どちらもチェックしておくと、イベント開催までがもっともっと楽しみになりますよ

自己紹介:K
2009年 06月 14日 (日) 23:45 | 編集
こんにちわ。

K(ケイ)と申します。

自己紹介って難しくて、照れくさいので
自己紹介バトン風に書いてみました どうぞっ!


Q.001、あなたの名前と年齢を教えてください。

ケイ  26歳です


Q.002、お誕生日と星座をどうぞ。

1月25日 星座はみずがめ座


Q.003、血液型は?

A型ですけど、B型っぽく、O型の雰囲気もあるみたいです
どんなんやねん。


Q.004、ご自分の性格を簡単に教えてください。

楽天家、そして鈍感です


Q.005、身長をお願いします。

172cmです


Q.006、最近ハマっているものは

フットサル。仕事をマッハで終わらせてボールを追いかけてます


Q.007、口癖は?

なんくるないさー
使わんけど(笑)沖縄ダイスキ


Q.008、何のサバイバー?
精巣腫瘍です
   

Q.009、いつ発症?


6年前の2003年。ハタチの頃です


Q.010、治療歴は?

抗がん剤BEP4クールです

    
Q.011、手術歴は?

精巣摘出・両肺・腹膜リンパ・右肺(計5ヶ所)です


Q.012、入院中食べたかったものは?
  
オモいもの全般(カツ丼・焼肉・ラーメンetc)
ノートに書いてました。食いたいものリスト


Q.013、実際 入院中一番食べたものは?   

ビタミンパーラー。今も売ってますかね?パックのジュース。
食べたというか飲みまくりました。
めちゃくちゃお世話になりました。  


Q.014、入院中感じた感情は?

悔しさ

    
Q.015、具体的には?

同年代の子達が、活躍してんのになんで俺はこんなとこに居てるんやー。
同年代の子達が、遊んでんのになんで俺はこんなとこに居るんやーって。
   
 
Q.016、どうやって克服した?

「今の自分は、誰よりも貴重な体験している」って思って、モチベーションを無理矢理上げてみたりしました

 
Q.017、具体的には?

抗がん剤は、吐きながら、身体の中で薬が効きまくっている様子をイメージしたり
手術では、内容どうこうはDr.に任せて、手術日までの身体作りに集中しました。
まるで、何かのスポーツの試合に出るくらい、コンディションとモチベーションを高めて。


Q.018、当時彼女は?

いた、でも入院中に分かれた


Q.019 なんで?

「オモイ」って言われたー!(笑)


Q.020、どうした?

どうした?森山直太郎の夏の終わりを聞きまくった
そして泣いた
  

Q.021、それで大丈夫になった?
 
いや、友達にTELしまくった!
そしたら結構、意外とスッキリした!


Q.022、大変でしたね

こういう状況って、ドラマなら大概 愛する人が支えてくれんじゃないのー!?って思ったさ


Q.023、その後は?

何かもう、何でも「楽しむ」ことにしました
そしたら、なんか新境地開けました


Q.024、当時のファッションは?

坊主やから、HIPHOP系       
入院中もパジャマ着ずに服着てました


Q.025、エピソードは?

レントゲン撮影時、ホンマにHIPHOP好きなレントゲン技師のにーちゃんに、むっちゃ絡まれた

「おっ!キミ、ヒップホップ好き?」
「この前、おれ幕張にエミネム見に行ってさぁ↑↑」
「ネリーのアルバム出たじゃんね、買った?」

撮影なんてとっくに終わったのに、撮影室の扉明けずに10分以上 最近のHIPHOP事情についてにーちゃんはアツく語った

「は、はぃぃ。(知らんけど)
(そして早くこの出口の扉明けて下さい・・)」


Q.026、病気を通じて得たものは?

感謝の気持ち。
そして、周りの人たちの存在の大きさ、への気付きです。
親や家族、親類、友達etc。
それまで当たり前と思っていたけど、当たり前やんて、とんでもない。
こんなに大きくて、かけがいのないものやなんてと初めて知りました。
  
   
Q.027、その気持ちを・・

まずは、支えてくれた人たちの為に、自分が元気でいることが第一の恩返しやと思っています。   そしてこれから もっと具体的なお返しが出来ていけたらと思っています。


Q.028、メッセージを 

もし、インターネットで自分の病気について検索してみて、
ここにたどり着いて、
この、僕の経験を見て、誰か一人でもホッとしたり、そうそう!って思ってもらえたり、勇気が湧いてくれたら、
僕のやっていること、考えて来たことは間違いなかったと思い、すごく嬉しいです。

これからも どうぞ、よろしくお願いします!

2008年 リレーフォーライフin芦屋 参加の様子 ?
2009年 06月 14日 (日) 00:25 | 編集
(本日の当番:em)

前回からの続き・・・


サバイバーズ・ウォークが始りました!

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ブラスバンドの生演奏でスタートです



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地元の子どもたちが、ダンスで先頭を歩いてくれました
幼稚園から中学生くらいの子まで、一生懸命、バトンを回しながら華やかに盛り上げてくれました



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サバイバーズ・フラグを先頭に、各チームのサバイバー、個人参加のサバイバー、実行委員/会場スタッフのサバイバー・・・全ての会場にいるサバイバー達がトラックを歩きます

ふみ(旧ハンドルネーム:楓)ちゃん、Kくん、じんくん、emはサバイバーズ・フラグを持って、歩かせて頂きました
ケアギバー達からは、トラックの周りから声援や拍手を頂きました

「おぉ、これがリレーフォーライフか!今から始るんだ!」と、初参加の私(em)は心が踊りました!
また、多くのケアギバー達が会場に来てくださっていること、サバイバー達のためにイベントを盛り上げて下さっていることへの驚きと感謝の気持ちでいっぱいでした



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こちらのサバイバーズ・フラグを持った後ろ姿は、真ん中二人、左がem、右がふみちゃんです。
ふみちゃんのピンクのTシャツの背中には、

「がんでも堂々と生きられる 世のなかに」

という、メッセージが書かれています。そして前には!?・・・これは、このシリーズの何処かで紹介しますね♪

また、ふみちゃんのタスキには「来年は中部で会いましょう」と書かれています。
これは、今年のリレーフォーライフin中部の宣伝でした


サバイバーズ・ウォークとは・・・
サバイバー達だけが、トラックを歩くことをこう呼びます。芦屋ではイベント中に2-3回この時間がありました。


サバイバーとは・・・
リレーフォーライフにおいては「がんと向きかう心を持ったがん患者」のことを指します。がんになったばかりでも、完解しても、10年経っても、がんを受けとめ前向きに生きようという気持ちがあるだけで、サバイバーなんです!!会場では、サバイバーは証しとして紫のバンダナを体のどこかに巻いています。


サバイバーズ・フラグとは・・・
当日イベントに参加したサバイバー達の手形と、メッセージを書いたフラグのことです。
上記写真↑のフラッグのことです。当日に参加受付を済ませたあと、開会式までにこのサバイバーズ・フラグに思いを書きこんで行きます。



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ちなみに、ふみちゃんと私(em)がサバイバーズ・フラグに書きこんだところがこちら。

右(オレンジ)がふみちゃん、「堂々と生きます。
左(青)がem、「Nobody is perfect. : )


サバイバーズ・ウォークが終わると、今度は参加者全員でトラックを歩きます



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結構、ざっくばらんに歩いてますね
の子は、リレーフォーライフin芦屋キャラクター“ほっしー”君です。



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チーム“がんと生こまい!”の歩いている姿です



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こちらも、同じく
一番左のオレンジのTシャツを着ているのが、おりちゃんです。



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会場のトラック横には、
キャンドルで「HOPE(希望)」の形が作られています。



つづく・・・

2008年 リレーフォーライフin芦屋 参加の様子 ?
2009年 06月 06日 (土) 22:50 | 編集
(本日の当番: em)

こんにちは
シリーズで、昨年2008年9月13日~14日に開催された、リレーフォーライフin芦屋の様子をレポートして行きたいと思います

「リレーフォーライフってどんなイベントなの?」と興味を持ってくださった方に、少しでも当日の雰囲気が伝われば・・・と思い、掲載していきます

Relay For Life Japan 2008 in Ashiya 公式ページ

OUTLETメンバーのふみ(旧ハンドルネーム:楓)/よしお/おりちゃん/K/じん/emは、“がんと生こまい!”チームから、この大会に参加しました

“がんと生こまい!”はもともと、今年中部でリレーフォーライフを実現しようと集まった人たちが発足し、現在はがん患者サロンを月に一回、名古屋市で開催しています。

がんと生こまい!ブログ
(ブログ内の昨年、芦屋大会参加の記事はコチラ

紹介する全ての写真は、よしお君撮影です。

私(em)は化学療法2日後に参加だったので、実のところ24時間のうち、6時間しか参加できませんでした(体調が優れない人は、こういう参加方法もアリですよ)。
なので、参加していないところは後にみんなから聞いた話などを参考に紹介していきます。


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会場は芦屋市総合公園、当日は最寄駅からシャトルバスが定期的に運行されていました。



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チーム“がんと生こまい!”集合
(全員写っていないので、メンバーはもっといます。)

前列、右から2番目から、おりちゃん→ふみちゃん→emです。

emと左隣のゆかりさんが持っているのが、リレーフォーライフin中部のマスコットキャラクター“ちゅーちゃん”です。今年の中部開催に向けて、出来るだけ宣伝が出来るよう、ちゅーちゃんグッズをたくさん作って参加しました!



DSCF0348.jpg
13時から開会式があり、その後はサバイバーズウォークのスタートです!



?へつづく・・・



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